自分自身の宗教心に目覚め主体と共に人格も変容してくれば、それまでの相手を否定することもなく、非難することもなくなってゆく。
これは私が出来た変化は私が全責任を持って自らの運命に委ねたのだから、当然その責任も私のものとなる。
それまでの目的は敵対する相手にあったが、それを容認し自らと同じ救いの世界に至ってほしいと願うように自らが精神的な高揚を遂げた時には、否定が肯定に変容して、ここまで私自身を純粋な世界にまで引き上げてくれた存在として観察し、尊敬の念さえ内心から自然に醸し出されてくるものなのだろう。
即ち、慈悲と智慧の世界に煩悩のまま包まれていたとしても、そのような寛容な世界を共に歩む者として必ずいつかは理解できるようになるのである。
そうなれば、いかに憎む相手であっても、いずれの世界においてか仏として会いまみえることが出来るのではないのかとさえ夢想できるようになってくるのではあるまいか。
同じ仏の命である子として、同じ尊い宗教心を頂くものとして。
なんまんだ
死とは私以外の人のことで相手にその指を向けていたが仏教の教えを聞くようになってから私の死のことだと指を向ける方向が自分に向かってきた。
相手に対して向けていた人差し指以外の残りの指はいつも私の方を向いていたことに気が付いていなかっただけなのです。
江戸時代の太田蜀山人か死ぬ間際に「今までは人のことだと思うだに、俺が死ぬとは、こいつはたまらん」とか、親鸞の思想に帰依した一休さんは正月に京の都中を竿の先に髑髏をつけて「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と無常を叫んでいた。死ぬ時にも「自分が死ぬとは、こりゃ驚いた」と伝えられています。
お二人とも普段から死を驚いておられたようですが、覚ってもなお迷い続けていくしかない人間であっても、なお人間として正しく自分自身と世界を正しく見る目と耳を持っておられた。そして生を諦め、死も諦めた境地に立っておられたからこそ純粋に自分の死に驚きが立ったのだと思います。
これは、死を第三者のものとしてみている私たちに「死からの問いに応えられる信念を持って生きて下さい」という真実からの警告の言葉として受け止めるべきなのでしょう。
死に神が実は生きるために大事な生き神様だったと言えるようになれという事だとも思うのです。
「死の帰するところ生の依るところなり」。死が私たちにとって生きることの意味を根本から教えてくれる正しい物差しだという金子大栄氏の言葉の通りなのだと思います。
お釈迦様が「すべてのものは過ぎ去る」と言ってはいたが、実はその底には最晩年の言葉に「この世界は美しいし、人間の命は甘美なものだ」という言葉があるように、否定的な人生の無常観だけだと思っていたが、肯定的な人生観に立って一歩前に生きるという悟りの境地があったからではないかと思うのです。
生きている時は死を懐に抱え、常に死に驚きながら人生を見直して生きて行けるようになれれば、きっといつかはお釈迦様のように盛岡から見る夕日も美しいが、お釈迦様が見られた2500年前のインドの夕日も同じように綺麗だったんだろうなと言える日がきっといつか来るのだと思います。
なんまんだぶつ
無限はその働きやその存在や性質を証明するために有限の力を借りたに違いない。
有限をここまで子供のように育てたのはそのためだ。
無限がその力を証明するために自己否定ともいうべき自己肯定をしたので、その嘆きが有限存在には理解しがたくなっている。
かれあればこれありという関係が、ここにもあるとするならば、お互いの存在証明として、無限の呼びかけに応えることによってしかこの相互関係が成立することはないのだろう。
無限の泪こそが二つの世界を繋ぐものであり無限が有限を排除しているように見える18願文「唯除」の嘆きは凡夫とアミダの泪で開かれてゆくものなのだろう。
なんまんだ
仏道修行とか日常の苦悩を乗り越えてから悟りや信心を獲る人が多いようだ。
「オレはこの世で充分幸せだなぁ~」と平和そうに生きている者がなぜそうなろうとしないのか、そうならないのか。
きっと俺のように、この世にある幸せを本物と思っているからだな。この世は美しいし、私の命はどこまでも甘美なものだと思っているからな。
裏に如何に醜い心を持ってそれを伏せてだ。この私というまがい物を一時的なものとしてだ。
それは苦悩や修行を乗り越えた時に見えてくる景色は一見ブッダと同じようにみえるかもしれないが、言葉は同じでも中身は全く真逆なものなのだ。
ブッダは無常の陰に有常世界のゼロ浄土のような世界を満たし、我らに見える甘美なる命や美しい世界の裏には地獄絵図がきっと控えているのが真実の世界なのだからと知っていて、それでも、その根本に実在しているゼロ浄土の表現だとして、それさえも包んでブッダは世界の美しさと、我が宗教心の甘美な命、無我の自覚の世界から見える真実の実在を言ったんだ。
なんまんだぶつなんまんだ
生死一如とは生と死が一つという事らしい。生の中に死があり、死の中に生がある。のではなく一如の中に人間の生死の迷いがあり、生死即涅槃と言って涅槃を体験したものは、完全に煩悩の火が消えさったものという意味をもち、宗教的な確信を得た時に全ての人が一瞬の刹那に体得した世界である。
それを知っているからこそ、ましてや涅槃を知らなければその真実一如の涅槃界という言葉も人間の口からは決して出てこないのであるから、その世界を認識したものは自らの生死に伴う迷いの一切を知って、それを一如の世界に還元してゆくことが出来ると言う意味なのだろうと思うのです。
還元という言葉は表現としては大いに違うのかもしれないが、自ら認識した二つの悟りと迷いの世界の根本にある不適切なはたらきをする無明の闇から脱出した時に現れてくる真実の世界に身をゆだねて行くことが完全に出来るようなときに我らにも一如なる世界が念仏として言語化された真如の世界に対して相反しているような世界が実はその底に通底する一如との出会いでお互いが成立するためには相互に欠かせない成立関係があるのだという。つまりは「即」という繋がりでもって知らせてもらう事が少しは理解できてくるのではないかと思うのです。
ひと言で「生死即一如」「証知生死即涅槃」をいうと「おいらは地獄かかえて、ここは極楽なんまんだ」という事だと思うのです。
極楽往生は真実一如の縁起空の世界を認識し、その世界に目覚め帰ってゆくと言う事なのでしょう。
それでは念仏とか信心とは一体何でしょうか。それは真実縁起空の世界への扉であり誘いなのでしょう。
その内に生きていながら分別苦に一生悩まねば生きていけない人間の業ともいえます。
それ無くしては生きてはいけないと言う無分別との共存があればよいのでしょうが、ともすれば分別心の方が我々は理解しやすく、人間の意識の認識に叶う味方なので、そちらを大切にしてしまうのですが、そうではなく否定的な肯定存在としながらも両立してこそ真実に生きて行けると言うのが本来の人間の生き方として先人が仏の智慧を持って生きてきた真実への精神的な歴史があったからなのではないかと思うのです。
その徹に従って生きてみれば真実のはたらきの自然さが我々には本来必要だし、道理にかなった生き方に本来なっていると思うからなのです。
なんまんだ
アミダを食らう者
キリスト教会ではキリストの血という葡萄酒を飲み、肉体のパンを食べるそうだ。
宗教の「宗」の解字では屋根の下で神に生贄を捧げ、その血が滴っている姿がその成り立ちのようだ。
浄土教のアミダ様をその例に譬えると、あみだ様が我々を救うために修行していた厳しい法蔵菩薩の時代に流した血の泪であり、その体は本願となって我らを救うアミダ様の身体なのではないのか。
念仏をするという行為はそれ自体あみだ様の身体本願をわが身に食し、その口が血塗られていると言う事になりはしないのかと思うのです。
法蔵菩薩のご苦労を思えば、たかが念仏一声称える念仏の声の中にも悲しくも申し訳ない忝いと言う思いが、当然そこに沁み出てくるのではないのではないのかと思うのです。
それによってこそ、我らもやがてあみだになることが出来るのでしょうし、古代人がマンモスの肉を食べれば英雄のごとき様相を呈したのではないのか。
現代であれば大きな牛の肉を食べると元気が出るとか、大谷選手のグッズを手に入れて元気になるなら、握手したならもっと元気になるかもしれないし、古代の戦争で勇猛な敵の心臓や肉を食べれば勇猛な敵の特別な力を得る言う話もあるように、信心を獲ると言う事はアミダから救済と同時に特別な智慧と慈悲という力を我らが与えられていくと言う事になるのである。
つまり、アミダとは我らが食う命の全てに籠っているのではないのか。
我が命をむさぼってアミダの命になってすべての人を救う手伝いをしてくれまいか。という願いが籠った食べ物である。
我らは美味いか高いか安いかで食うが、アミダの血と肉体を食うのだとなれば、そこには念仏一つにもアミダの力強い悲しみと痛みが籠った念仏となって我らの口から出る念仏一つ一つにも籠っているのであると私は思っている。
それでもその命がけの御恩を忘れ果てて生きている私がここにいるのである。
毎日、血を滴らせながら、口に真っ赤な血をこびり付け、我らはアミダを食らう者となったのである。
念仏するものに祝福あれ。
なんまんだ
たった三段の階段にけつまずいて肩をしたたか打った。
フワッと宙に浮いたとき一瞬ジタバタしても落ちるだけと観念した。その時は椅子の角に肩をしたたかぶつけて無事着地した。
親鸞聖人は歎異抄で「ちからなくしておわるとき」と言ったが、この時も同じだなと思った。
いくら生きようという意思があってもダメなものはだめなんだな。
死ぬ時はいくら延命治療してもダメな時があるように、いくら生きたくても生きられない時がかならず誰にでもやってくる。
いざと言う時は一切お任せの人生を生きていながら何をする。
だったら最初から命の全部をお任せして生きてくればよかったな。
フワッとするときが必ずみんなに来るからな。
だから私一人だけでも一足先に一切をお任せしておくことにした。
なんまんだ
この世は因果同時の世界。それを人間の分別心に合わせて因と果に分けている。
種があるから花が咲くという因から果は人間の見方。花の果があって初めて種の因が見えてくる。花が咲いたから種の存在が認められる。種があったからとなるのでしょう。
親が最初からいたのではなく、子供が生まれたから親になれたと言うのでしょう。
親と子供は同時に生まれたと言うのでしょう。このおかげで親になれたともいえるのでしょう。生があって死があるなら、これも死も生も同時であって、生死即涅槃と表現してもいいのかと思います。
この世はもともと因果同時の世界で出来ているのかもしれません。
服を着るときボタンを掛ける。ボタンが手段で服を着ることが目的という。服を着ればボタンを掛けることは余計な手間なのか。手段と目的という因があって果があると言う。その通りだが、因果同時であるならば、ボタンを掛けることがすでに服を着ることと同じになってゆく。
お寺で法話を聞くために家を出る。目的は法話を聞く事だが、家を出た時に既に法話を聞いていることになる。
だから念仏を称えれば既に極楽に着いたことになっているはずだ。
なんまんだ
心の死、自力意識の喪失を経験した元禅宗の一休さんは、覚ろうと言う努力意識を捨てさせられ真理に目覚めた時、真理から真理そのものを体得させられた。
しかし、残るこの身の痛み、哀しみの煩悩熾盛、死にたくないと言う声を一生の間き続けることが出来たのであろう。
自力執心の心が、なお死にたくないと言う盲目的な意識ともいうべきものが一生続いていた。
しかし、素直にわが身を見る仏の目がそこにあったから最後までこの五濁悪世を好み、友や妻と別れたくない、死にたくないと言う率直な言葉になったのでしよう。
この身が、この肉体が必死に死を忌み嫌うのですが、その肉体の直接の反応と沸き上がるそのどうしようもない心の動揺をどうしても防ぎようがなかったのだと思うのです。
なんまんだ