インドの夕日は美しい。

 
 死とは私以外の人のことで相手にその指を向けていたが仏教の教えを聞くようになってから私の死のことだと指を向ける方向が自分に向かってきた。

 相手に対して向けていた人差し指以外の残りの指はいつも私の方を向いていたことに気が付いていなかっただけなのです。

 江戸時代の太田蜀山人か死ぬ間際に「今までは人のことだと思うだに、俺が死ぬとは、こいつはたまらん」とか、親鸞の思想に帰依した一休さんは正月に京の都中を竿の先に髑髏をつけて「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と無常を叫んでいた。死ぬ時にも「自分が死ぬとは、こりゃ驚いた」と伝えられています。

 お二人とも普段から死を驚いておられたようですが、覚ってもなお迷い続けていくしかない人間であっても、なお人間として正しく自分自身と世界を正しく見る目と耳を持っておられた。そして生を諦め、死も諦めた境地に立っておられたからこそ純粋に自分の死に驚きが立ったのだと思います。

 これは、死を第三者のものとしてみている私たちに「死からの問いに応えられる信念を持って生きて下さい」という真実からの警告の言葉として受け止めるべきなのでしょう。

 死に神が実は生きるために大事な生き神様だったと言えるようになれという事だとも思うのです。

 「死の帰するところ生の依るところなり」。死が私たちにとって生きることの意味を根本から教えてくれる正しい物差しだという金子大栄氏の言葉の通りなのだと思います。

 お釈迦様が「すべてのものは過ぎ去る」と言ってはいたが、実はその底には最晩年の言葉に「この世界は美しいし、人間の命は甘美なものだ」という言葉があるように、否定的な人生の無常観だけだと思っていたが、肯定的な人生観に立って一歩前に生きるという悟りの境地があったからではないかと思うのです。

 生きている時は死を懐に抱え、常に死に驚きながら人生を見直して生きて行けるようになれれば、きっといつかはお釈迦様のように盛岡から見る夕日も美しいが、お釈迦様が見られた2500年前のインドの夕日も同じように綺麗だったんだろうなと言える日がきっといつか来るのだと思います。

 なんまんだぶつ

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