亡き人を阿弥陀仏が全員救うこと。

 死んだ親や子が不信心で死後にどこかで迷っていても深く覚った人があの世で仏になって神通方便で救うことができると親鸞は歎異抄で言っている。

 死んでアミダ仏になれば、永遠に迷う人を誰でも救うことができるらしい。救うとは何に迷っているのかを知らせることだから。

 自身の正体を正しく知ることだから。しかし、死ぬまで煩悩成就して生きている人間には、いくら悟りや信心があっても迷っている人を完全には救えないが救われる道を教えることはできるのだろう。

 だから、あの世での被害者を増やさないために、この世で出来る限り仏法のご縁作りに励んでゆくしかないのだろう。救うのは阿弥陀仏だとしても。
なんまんだ。

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