花と人と雲。

 釈迦は涅槃に入った。キリストは天に召された。
 親鸞はかの土(魂の故郷)に帰る。
 みんな生きているときに宗教を語るので死後
 のことは語っていないようだ。

 それなら、肉体の死後は完全なる無に帰るから
 生きているときの浄土であり、 

 天であり、涅槃ということになる。

 それぞれ呼び方が違うだけで、生きているときの
 浄土や天や涅槃も、宗教的に 
 はみな同じ精神世界のことを言っているのだと思う。

 生物学的には人間の体も心も昔と
 そんなに違いがないのなら
 西洋人も東洋人もアフリカ人も
 きっと行先は同じじゃないのかな。

 そして、人も植物も、昆虫も動物もみな同じ命なら、
 みな同じような感受性や 

 考えを持っていて行くところもみんな 
 同じところに行くのなら、同じ命とし 
 て平等で平和な世界を目指してみんなこの世を
 生きていることになるのになあ。
 
 なんまんだ

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