人生の帳尻合わせは誰がする。

 
 貰ったものは与えたもの。

 奪われたものは奪ったもの。

 見えるものを与えれば見えるものを貰う。

 見えないものを貰えば見えないものを与えていたことになる。

 人生を長い目で見れば、すがた形は違っていても人と人。

 国と国。長い歴史からみれば不思議な因果関係が起きている
 ように思えるな。

 姿かたちは違っても、自ら進んでやったらやり返されている
 ように、どこか公平に出来ているように思えるな。

 これが、本人が心の底から納得し、その結果が出るまで続く
 天の配剤というのかもしれないな。
 
 みんなプラスマイナスゼロにならないと人生縁起の帳尻が
 合わないな。

 そして、いまも、いつものゼロから新しい人生がはじまって
 くる。

 そして、それに追いつく毎日がいつもはじまっている。

 なんまんだ

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