J・Kローリングの「ハリーポッター」に出てくるポッターの最後の強敵、最悪最強の魔法使いはヴォルデモートだ。その名を言うだけでその恐怖がよみがえってくるという恐ろしい名前だ。

だから「あの方とかあの人と」名指しでは呼ばない恐怖の名前なのだ。陰で悪口を言う事さえ憚られるというも名だ。それに従えば身の安全は恐怖で支配され、やがて奴隷となってゆくのだ。
 
それに引き換え、アミダは逆に全の魔法使いのようだ。その名を呼ぶだけで全ての人が苦しみから解放されてゆくというのだ。陰で称えてもその願を聞き届けるという正義の名だ。人間を正しい道に導き正思考法、正しそうに歩ませる呼び名であったのだったのであろう。

 本来の仏道とはただ単に仏の身名を称えれば誰でもが救われてゆくものだったのだろう。親鸞は「行の巻」にみ名を称えることは衆生の一切の無明を破し、一切の志願を満たすと述べているからだ。救済の根本原理とは案外こんなところにあったのではなかろうかと思うのです。

なんまんだ

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