因果魂

 ブッダにジャータカ物語があるのはなぜだろう。
 過去五十三仏があるのは全ての命は一つの命に共通する歴史があるならば、私たちにも科学的ではない宗教的な意味での命のと言うよりも、もはや一個の歴史的な魂の来歴とでもいうべきあってもいいのかもしれないな。それであれば、その時気付いてもその因果関係が見えなくなった過去や、見えない未来に置換することで、現在の傷の意味を説明できるような気がします。
 親からやられたら、その親に前世で私がやったことをしたからか、お互い因果魂の平等性があれば、今生も生きられるし来世もという期待も楽しくなるのではないかしら。
 平等だとなって行く。そうすれば現世での罪作りも激減して行くのではないのでしょうか。ただ仕込みの悪用は出来ません。

なんまんだ

name
email
url
comment