仏の貌

「虚無之身無極之体」とは念仏が純粋な救済活動している現在形である。
 念仏は私の自力意識や他力意識や煩悩心本能心など身体的肉体的な制約の全ての心を離れて如来本来の呼び声なんまんだぶつに帰ってゆき、そして、私の耳に純粋無垢な清浄心と智慧と大悲を念仏と言う独立しながら私の耳に救うと呼びかける往相の回向と言う見えない用を言葉にまでなって仏と言う見えない姿の形として私に救いをはたらきかけているのだ。
 私の耳に「我が国に来たれ生まれよ、そして仏になれ」と耳元に囁き続ける確かな生きた言葉の仏になっているのだ。
 たとえ、どんな人の心から口から出た念仏であっても、それは如来の真実一如であり色も姿も形もましまさぬ、という真実の相そのもの、精神の相、本願の生きた相そのものとなって、救われ続けなければ助からぬ私の耳に心に囁く。
 救われてゆけと。そして、完全涅槃仏になれと。なんまんだぶつになるのだと。

なんまんだ

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