真理の魂を開放せよ

 
  ブッダは真理の言葉を話されたが、それを書籍にして後世に残そうとはしなかった。キリストもそうだ。生きて我らに用いている真実一如の世界を言葉とはいえ実体化、具体化できる言語の中にとじこめられるものではないものなのだろう。
 言葉さえも真理を指す指なのだから。真理はこの世に現れればすぐに人間の理性の闇に隠れ無常の風に吹かれてどこかへ行ってしまうからなのだろう。
 言語という箱の中に閉じ込められた真理の魂はやがて手垢で汚れ出し形骸化することは目に見えているからなのだ。そこに親鸞は真如一実の魂をもって真理の命の息を吹きこみ今一度仏典を蘇らせたのだ。それでも人はまた、その文字を通して己れの理性の言語空間の闇深い箱の中に閉じ込めてしまったのだ。
 その魂を己がものとするために。求める者は自身でその箱を開ける努力をしなければならなくなってしまったのだ。我らはその箱から真理の魂の自由を解放せねばならぬ使命をみな負っているのだ。

なんまんだ

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