平凡な人生の為に

 知識を獲る。教えを学ぶ。それによってその人の歩む道が違っていく。果たしてそれだけだろうか。いろいろな場所や時間が違っても、どこでも生きた人生を日々学んで行くことで生きて行くことが出来る世界も違ってくるのでしょう。
 そこで教えを学び、そして知識が豊かになることに一体どんな意味があるのでしよう。
 あれば当然、人生の理解力、読解力、指導力が上がってく。
 社会的地位や名誉や地位も得られます。しかし、それらが私にまで伝わってきたものかは、はたしてそれらを獲得するためのノウハウに終わるものなのでしょうか。
 それらはきっと、それだけで終わるものではなくて、
それをたどってゆけば、さらに深い道を私たちに教えてくれているに違いありません。目の前の小さな宝に目が眩んでしまいますが、真にそれらの輝く場所はもっと深いところにあるに違いありません。違った意味もあるのでしょう。
 真実に生きるとか、真理と共に歩むということが全ての人間の最終的なものならば、そこに至った人こそが、それと共に歩むことこそが全ての人の道になり、真の智者への道になるのでしょう。
 知識や学問もそれを心から願っているに違いないと思います。

 なんまんだぶつ
 なんまんだ

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