アドベンチャーワールドなんだアミダの世界は

 お念仏は言葉の説明で理解できるものではないが、最初は必要だが必要悪になってゆく。最後は言葉を離れた真実の響きの感応感動なのだ。心に感ずることなのだ。全身全霊で生きた仏の言葉の中に全身で飛び込み浸ることなのだ。浮かぶか沈むかわからない人生のアドベンチャーワールドなんだ。ディズニ―なんか子供の野遊び。ここは最初から安全なんかありゃしない。死ぬか生きるかの完全版だ。  
 大人のアドベンチャーワールドなんだアミダの世界。説明道理も初心者には大切かもしれないが、それが全てではないのだよ。無知蒙昧の凡夫が、真実知識の念仏一つで救われるようになっている。
 宗教学校なんかない時代、どうして真宗教団が出来たのか。苦しみ悩んでいる人が今より多くいたからか、社会状況時代状況が今より具合が悪かったのか。
 そうじゃないでしょ。学問が人間を馬鹿にするよな時代でなかっただけだ。学問を馬鹿にした人間が多くなってきただけだ。苦しみをただの念仏ただで救える人が多かっただけなんだ。余計な理屈で人を迷わしアミダの救いを遠回しにすることばかりの時代ではなかっただけなんだ。
 説明道理の中に真理の箴言、願いの声を聞いた人が直接拙い言葉で話して通じる時代があったのだ。今は言葉が多すぎる。真実の心を含まぬ無信の言葉で話すから。それらもいずれは化けの皮がはがされる。そして、いずれ淘汰されてゆくのだろう。如来の真実の働きは声になって私を目覚めさす。相手も目覚め指す。虚偽虚妄の煩悩の雲を払うナンマンダブツと晴れてゆく。

なんまんだぶつ
なんまんだ

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