アッカンベー

 人は死ぬものだと人が言う
 人は無常だと人が言う
 アミダは無量寿無量光だと人が言う
 人がそう言っているだけで私の問題には無関係。
 この私が死ぬという時に初めて死も無常の意味の深さが見えてくる。
 死を見つめて数日後一分後今の自分にとって死はどんな意味があるのだろう。その時はじめて真剣に逆に我が生の存在意義が問われ出す。人の悲しみ苦しみは三年でも我慢できると人は言う。いざ自分の番にならなけりゃ、梃子でも動かぬ自我意識。
 阿弥陀様も同じ事。本当に私の苦しみ悲しみが仏典に到らないと求めない。それまでは無用の赤の他人の「アッカンベー」と舌を出す。
 無量寿無量光もわが身の尻尾から出ているホタルノヒカリで斟酌す。わが身に届いた無量寿光や、お慈悲の無量寿に心の底からナンマンダブツをすれば、すぐに分かること。それまでは人も仏も他人事、世間様に一時預かりお預けだ。それまでアミダは血を流す。

なんまんだぶつ
なんまんだ

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