無我と自我

仏教は無我の教えだから、自我心というか、有我心に満ち溢れている人が本質的な興味を持って探求しだして近づくと、それまでの人生経験が全否定されてゆくような存在の全面的な否定感をすべての人が抱くようになる。然し、その関門を潜り抜けたところに、自我心が根本的に全否定された世界の地平が見えたところに出た時、全否定され、跡形もなくなったと思われた自我意識の居場所さえも許されてあったと気が付く真実の如来のはたらきと常に調和的に対峙できる世界に出るのである。
全面的に無我心に否定されたはずの自我心が、はじめて顔を洗って出直すように無我心のお手伝いをするようになる世界が私に与えられるようになるのである。
これが本当の無我の教えの簡単な構造だと思うのです。 

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