この俺にも腹の底から滾るものがあるだな。

 
最近は、お母さんも、お父さんも、お前もあなたもなくなった。

主語がなくなってゆく生活になってきた。

「お~い」も他人が聞いたら誰を呼んでいるのかわからない。

外ゆく熊かキリギリス。

そういえばあみだ様も無量壽如来や不可思議光仏というけれど、どこをとらまえホントの正体は主語のない諸仏諸神の生命集合体のようなもの。

永遠に動きはたらき移動している一種の無我意識集合体だ。姿も形もないものを言葉や仏像で捕まえようとするけれど、尻尾も掴めぬ命そのものの塊だ。やはりここも主語がないのがホントの姿。

それでもなんまんだぶつの声にまでになってくれたおかげで、まるで夢の永久小型核融合発電所のように、どこの誰の命でも心の芯から温める。

なんまんだぶつと滾らせる。

なんまんだ 

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