亡き我が子や母を救うなんまんだ。

 生まれ変われるならあれとかこれになりたいとか、ときどき勝手に思っていたが今度、仏になれば、どこにいるどんなものにでも生まれ変わったとしてもかまわないようなものになるのだとしたら、仏になるとはその心の核となってそのはたらきを無限に再生伝播し繰り返しながら永遠にいのちの再生に影響してゆくものになるとしたら。

 仏になって救うという一つをとっても、どこに、どんな形で生まれたとしても迷いがない心ならばいいのではないのかと思うのです。

 悟らず救われない迷いを繰り返す六道輪廻は困るけれど、仏になれる迷いのない前世の信仰を得たならば、どの六道輪廻の世界に入っても、ひょっとしたら誰でもどこでも救うことが出来るのかもしれなと思うのです。

 迷っている我が子やわが母がいるとするならば。なんまんだぶつ一つになって絶対救い切ることが出来ると思うから。

なんまんだぶつなんまんだ

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