信心

 
 同じ信心なのに自力信心と他力信心がある。もともと信の字解は純粋な神の前で人が固く約束をするというものでした。だから信ずる心とは人と人が純粋な約束を守るもので、欲の心などは1ミリも入っていないものだった。

 だから、それはもともと仏様の心だと思うので自力も他力もという言葉はもともとないものなでしょう。純粋な信心とは尊いところからやってくるものだと思うので、それは例えば仏様から回向されたもので、上から積み木と言う信心が積み重なって行くようなものだから、その上にただ乗っかっていればいいというものなのでしょう。

 すでにそれ自体が完成している者なのだから安心感がまるで違います。それに対し自力の信心は自分自身の不純な心が混じった積み木を積み重ねて行くようなものかもしれません。 まがい物が入っているから積み上げる旅にぐらぐらし傾きやがて倒れていくものなのでしょう。
なんまんだ

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