信心からの誘い

あなたが、あなたになってくれと言う、仏の命からの願いに目覚めてくれという願いがかかった私の人生だった。
今ここにいる私の遺伝子の過去歴には様々な人と、それを生かした命たちがいたと思う。つらい思い出、死にたい、天に上るほどの喜び、世界的に有名になったこと、時にはホームレスにもなったこともあったのだろう。不治の病で死んだこともあったのだろう。そんな記憶を持った私が今ここにそれらの記憶を背負って生きているのだろう。ひょっとしたら、全人類とすべての命の歴史を背負った最前線でいまここに生きている私なのかもしれない。
私が深く思い出せば、きっとそれらの全てが思い出せるのだろう。私一人が私一人の命を生きているのではなくて、本当に生きていてよかった、そして、生まれて来たことの意味は今までの人や様々な命の本当の願いをかなえるための、それらの命も本当に救うという願いがかかった私だったのだと思うのです。それらの命の願いに気が付くために与えられた人生だと思うのです。
それらの願いが、一つになった南無阿弥陀仏によって愛され許され敬せられているのだと気が付く人生がいま与えられていたという事なのだと思うのです。それが、信心の世界からの誘いだったのかもしれません。

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