信じるならここまで信じる

 子供がお母さんに「僕、先に行っているからね、お母さんもきっと来てね」。と言って三日後に死んで行った。母親の口から死の直前にふと出た言葉「仏さまのところに行くんですよ」を信じた。体は辛くてもこの言葉を真剣に信じた一人の人間としての本当の安心感がある。生きている時の絶対的な自信が悲しんでいる母親のこれからの生き方さえ示唆しているではないか。しかも、そこには母親の愛情さえ包み込むような大きな仏の真の愛情があり、そこには本物の自由の世界に飛び立って行けるような、すべての束縛から解き放たれていく姿さえ想像できるのだ。
 触れた見たりすることはできないが、それ以上の内的実感を伴いながらも見えないが現実に充実している心を十分に満たすことができる世界がある。これを親鸞はお浄土の世界と言ったのだ。これを自ら信じ、人をして信ぜしむ「自身教人信」と言ったのである。
なんまんだぶつ
なんまんだ

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