今日も浄土に柱を立てようか

 日本には伝統技能者という職人が作る銘品は多数存在する。しかし、それを受け継ぐ人を育てることは洋の東西を問わず困難だ。後継者が育たなければ銘品の伝統も途絶えてしまう。

 お念仏という銘品は有難いことに人の職種を問わず今日まで伝統しているからありがたい、こんな私にまで届いているのだからなおさらだ。しかも、あらゆる職種を超えて限定せず、年齢人種を超えて伝わるから有難い。


 いつの時代でも、特殊技能を持たなくとも、時間もかからず、物事の根本が理解できるようになっているから、その職業の求めている本質的な方向までもが誰にでも理解できるようになっているから有難いのだ。

 真実の念仏の体験という誰にでも起こりえる心の真実のはたらきを得た包丁づくりの名人は作業で使う言葉で真実の仏の世界を表現し、それが作品にも表れているからいい仕事がますますできるようになるのだろう。

 念仏者もその道の名人にはなれなくても、たとえ短い人生であっても、それぞれが人生の名人になり、人生の名品という浄土建設を一人の大工として毎日作り続けていることになるのだろう。

なんまんだ

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