曽我量深は「善人、悪人とはどういう人ですか」と尋ねられて「善人の顔は暗い、悪人の顔は明るい」と答えられたそうだ。ここでいう悪人とはあみだ様という仏さまが見た人間全員のことである。自分で自分の心の深いところまではわかりません。あみだ様から見れば人間はどこまでも無慚愧で反省ができない存在としてみています。そういう人間をあみだ様は悪人というのですが、その悪人にこそ光を当てる、救うというのがあみだ様の目的なのです。
 ですから心の底に限りない仏の光を浴びた人間だから心の底から自分の事実に向き合えるから何も隠すものがないつまり、裸の王様となって生きることができるので、自然と明るく見えてくるのです。
 一方あみだ様から見たこの世の善人とは、例えば、自分を自分の努力でできることはできるが、できないことはできないと、自分でする判断基準を自分で持っている人間です。自分に都合のいい人は善人と見たり、逆は悪人と判断します。そのひとの眼鏡にかなう人を悪人と見たり、善人と判断しています。まるで一人で警察をしたり、弁護士をしたり、一人で裁判長をしているような者です。ですから絶えず人を裁いているので監視の目が厳しく顔が暗くなってゆくのでしょう。自分の心を底の底まで知らないから自分自身に自信が持てないので、どうしても心に動揺があるので自然と顔にその暗さが出てくるからなのでしょう。

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